会ひたい、無性に・・・・

穴沢利夫大尉

故郷に児童図書館を作ることを夢見て
文部省図書館講習所を卒業し中央大学に進学。
この時図書館講習所の後輩の智恵子と出会う。

当時、男女、しかも学生が付き合うということは『はしたない』とされていた時代、
二人の交際は手紙の文通。
1943年戦時特別法により穴沢は大学を繰上卒業、
陸軍特別操縦見習士官第一期生として熊谷飛行学校教育対へ入隊。


以下は
穴沢大尉と
婚約者である智恵子さんの恋文の一部です。

~~

智恵子様へ

前略

僕らは現在 祖国の運命を左右する航空決戦に赴かんとするのは全く自然の勢です。
僕はあなたとの交わりを一つ一つ思い出しています。
・・・実に幸福に満ちた一日一日を送り得た一年半でした。

全てはあなたがあった為に。

あなたの魂のみはしっかり抱いて、
他は地上へ還してあの空へ旅立ちませう。

~~

―1944年
穴沢大尉、特別攻撃隊である第二十振武隊員となるー


~~

僕にとっては自分の将来は
あなたとの家庭生活以外に想像し得なかったのです。

今の僕は未来の世界を信じます。

きっとそこで結ばれるに違いない。
未来の世界を信じます。

~~


穴沢大尉 智恵子さんに宛てた最期の手紙

~~

智恵子へ

前略

去月十日 
楽しみの日を胸に描きながら別れた帰隊直後我が隊を直接取り巻く状況は急転した。

発信は当分禁止され転々と処を変えつつ多忙の毎日を送った。

そして今日、晴れの出撃の日を迎えたのである。

二人で力を合わせて努めて来たが終に実を結ばずに終った。


しかし、
それとは別個に、

婚約をしていた男性として、
散っていく男子として、
女性であるあなたに少し言って征きたい。

あなたの幸を希ふ以外になにもない。

徒に過去の小義に拘る勿れ。

あなたは過去に生きるのではない。

勇気を持って過去を忘れ、

将来に新生活を見出すこと。

あなたは今後一時一時の現実の中に生きるのだ。

穴沢は現実の世界にはもう存在しない。

極めて抽象的に流れたかも知れぬが、
将来生起する具体的な場面場面で活かしてくれる様、
自分勝手な一方的な言葉ではないつもりである。

いまさら何を言ふかと自分でも考へるが、ちょっぴり欲を言つてみたい。

一、読みたい本
「万葉集」、「芭蕉句集」、高村光太郎の「道程」、三好達治の「一点鐘」、大木実の「故郷」

二、観たいもの
ラファエルの「聖母子像」、狩野芳崖の「悲母観音」

三、聴きたいもの
懐かしき人々の声  シュトラウスのワルツ集




四、智恵子

会ひたい・・・・・・
話したい・・・・・・
無性に・・・・・・


昭20・4・12
智恵子様
     利夫
~~


20101129103136435.jpg


1945年4月12日
穴沢利夫大尉は、
米海軍駆逐艦に特攻を果たす。

享年23歳




愛する人を失った智恵子さんは、悲嘆の底に沈みます。
しかし
その智恵子さんの生きる支えとなったのは、
利夫さんの入隊二週間前の日記だったそうです。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
真に他人を愛し得た人間ほど、幸福なものはない。

自分の将来は、
自分にとって最も尊い気持ちであるところの、
あなたの多幸を祈る気持のみによって満たされるだらう。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


ここまでの参考文献
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1099.html


日本は今、
こうした先人の御霊の上、続いています。




「いつか言おう、いつかしよう。
いつでも言えるし。
いつでも、できるし。」

一夜(ひとよ)で遠くなる

そんな事が身近ではない
要は
死が身近でなくなったからこそ気が付かない

大切な人との今を過ごす時間の尊さを感じる事
大切な人への思いやり(それぞれ)


「~してほしい
もっと私の為に
~してあげたい なんてないの
~してよ
もっともっと私の為に」

「私」が大きくなるにつれ膨れ上がる
愛情ではなく
自分を満足させたいだけのただの愛欲



どう生きるかは、自由。

然し乍ら、
願わずにはいられない。

私は願わずにはいられない。


命を懸け繋いで下さった先の
今の日本で
当時はあった大切なものが
失いかけてしまっているのだとしたら、

どうかそれが消えてしまわないようにと

私は願わずにはいられない。






昔、祖母が私に言いました。

~~

人を大切に出来ない人は
自分も大切にされない。


自分を大切にしてくれる人を
大切にできない人は
自分を大切にできない。

~~

正直者が馬鹿を見て、
優しい人が傷つき泣き、

自分本位で上面の自己満足の為なら
嘘をつき人をけちらしても平気な人が笑う。

与えることはしようとせず
与えられることばかりを望むばかり。

そんな人間ばかりになった時、

日本に長らくあった
「いたわり」「気遣い」という名の
愛情は消え失せ、

祖母が私に教えてくれた事は
成り立たなくなってしまうのではないかと
時々、私はそんな事を思うのです。


しかし、

まだ
「いたわり」は日本に存在しています。

それが
なくらないように
消えてしまわないように

私は
私なりに
祖母が私に教えてくれた
愛情を
大切な人にへ
と思うのです。



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