日本をつなぐ為に ~日本人に気が付いてほしい 言行一致の厳しさと覚悟 ~

覚悟をもつ人と覚悟をもてぬ人
覚悟をもつ国と覚悟をもてぬ国

構えをとれる人ととれぬ人
構えをとれる国ととれぬ国

対峙した場合、
どちらが屈服しないでいられるでしょうか?



~~

言行一致 …。

男が男であるための、これが大原則である。

「やる」
 と一度口にすれば、死んでもやる。

「やらない」
 と言い切ったなら、たとえ手足をもがれてもやらない。

 これが言行一致であり、男児に二言なきをもって、古来より日本の美徳とした。
嘘つきとは、言行の一致せざる者を言い、もっとも恥ずべきことであると先人は戒めてきたのである。

 ところが、どうだ。

 菅政権の中国政府への対応はまさに、もっとも恥ずべき行為と断じていいだろう。

 周知のように、尖閣諸島で中国漁船が日本の領海を侵犯、警備にあたる海上保安庁の巡視船に体当たりして、船長は逮捕された。

 このとき、菅総理をはじめ日本政府の閣僚たちは何と言ったか。

「尖閣諸島は、歴史的にも国際法的にも我が国固有の領土であり、領土問題は存在しません。したがって、船長の身柄拘束はなんら問題はなく、国内法にもとづいて粛々と捜査します」

 こう言い切ったのである。

 これに世界各国は瞠目した。大東亜戦争に負けて以後の日本は、右顧左眄のモミ手外交であっただけに、菅政権の毅然たる態度に、

「日本、あなどるべからず」

 と見直したのである。

 ところが…。このあとの経緯については、あらためて書くまでもなかろう。中国政府は日本を激しく非難し、日本旅行の大量キャンセル、レアアースの禁輸、建設会社フジタの社員4人を逮捕するなど、強硬手段をもって恫喝したのである。

 盗っ人猛々しいとはこのことだが、これに菅政権はアワを食った。たにまち中国人船長を保釈して世界中の物笑いになり、日本をナメきった中国は、

「慰謝料をよこせ、ワビを入れろ」

 と、オトシマエを要求してきた。

 これが日本の姿なのだ。

「尖閣諸島は日本領土であり、船長の身柄拘束はなんら問題はない」と言い切ったのなら、それを敢然と実行してこそ言行一致。世界から一目置かれる主権国家になる。

 国際政治は複雑だというが、そうではない。複雑にしているのは政治の保身であり、事勿れ主義の結果に過ぎないのだ。

 独立国家とは、自分の領土・領海・領空を持ち、いかなる国の侵略も許さないことをいう。もし、他国が侵略してきたなら、武力をもって排除することが国際法で認められている。

 いまから30年ほど前の1983年9月1日、大韓航空のボーイング747旅客機が操縦ミスで旧ソビエト連邦の領空を侵犯。スクランブル発信したソ連防空軍の戦闘機によって撃墜され、乗員乗客合わせて269人全員が死亡した。

 だが、ソ連の行為は当然とされ、国際世論は領空侵犯した大韓航空機の操縦ミスに原因があるとした。ことほどさように、領土・領海・領空は一国の生命線であり、軍事力をもって死守すべきものなのである。

 ならば尖閣諸島はどうか。「日本の領土である」と首相が言い切るなら、侵犯した中国漁船の船長を拘束するのは当然であり、中国の抗議は門前払いとし、恫喝に対しては敢然と対峙すべきであった。

 ところが日本はたちまち恫喝に屈し、モミ手ですり寄った。なぜそれほどまでに卑屈にならなければならないのだろうか。

 新聞報道によれば、日本は中国に対して毎年40億ものODA(政府開発援助)を提供しているという。日本国民の血税である。その血税を中国は吸い取っておいて、感謝するどころか、日本を恫喝しつづけているのである。

 日本の外交が弱腰である理由は2つある。核兵器を持たないこと、そしてアメリカから押しつけられた憲法によって交戦権を否定されていることの2つだ。要するに日本は、爪も牙も持たない太った七面鳥なのである。

 だから中国が小突きまわす。いや、中国というオオカミに、いつ食い殺されても不思議はないのだ。

 だが、日本が核武装し、主権を侵す国に対して毅然たる態度をとれば、戦争という事態もじゅうぶんに考えられる。日本国民にそれだけの胆のくくりはあるのだろうか。

 尖閣諸島をめぐる日本政府の弱腰外交を非難することは、同時に、われわれ国民に「戦争の覚悟」が求められることでもある。言行一致とはかくも厳しいものなのだ。

(了)

安藤 昇





日本の外交は弱腰だと言われます。
弱腰になってしまう根源にあるものは何か?

根源がわかっているのに
「そのまま」になってしまっているのはなぜ?


言行一致

これを可能にさせるだけの

意識が

覚悟が

あるのかないのか。


問われるのは、

政治家だけではなく、
私たち国民でもあります。




右!左!!!

様々な議論が飛び交い、
互いに無関心層に向けた
周知活動が行われていますが、

敢えてこれに勝敗をつけるとしたら、

(当たり前のことですが)

最後まで

言い続けたほう、
やり続けたほう、

意志を貫き通したほうに

軍配があがると私は思います。



最後に

以下は
右、左、無関心にかかわらず
日本人皆に向けて
私の独り言


国政とは
その国の民の心をうつす鏡

その鏡に映る様が
後世にここ日本を繋げられる様 であることを
私は切に願っています。


繋げ繋がり 今 があり
繋げ繋げて 未来が ある


未来には、
未来の自分、成長した子供、今はまだ見ぬ子孫達がいます。


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