「ならぬものはならぬ」からこそ可能だった世界一の江戸の水道システム

「おいら、水道の水で産湯につかった江戸っ子よっ」

井戸といえば、地下水を汲みあげるものとイメージするかと思いますが
実は、江戸の街に井戸は、地下水を汲みあげているのではなく
なんと、水道水を汲みあげているのです。

江戸の町は、海に面した低湿地です。
だから井戸を掘っても良い水が出なかった。

そこで、関東平野を流れる大きな河川から、
「上水」と呼ばれる水道川を造って町に水をひき、
「上水」で引き込んだ水を、
今度は石樋(せきひ)と呼ばれる石でできた水道管で、
江戸の市中の地下に引き込まれます。
これを「水道井戸」で受けて、みんなで使っていた。

こんな感じ↓↓↓
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ちなみに「水道橋」
この名称は
河川から市内へ水を引く為の小川である「上水」とよばれる水の道がお堀をまたぐ橋となって架かっていたことに由来するそうです。


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こうしてできた「水道井戸」の仕組みですが、
江戸時代の中期頃には
江戸市中にほぼ20〜30メートル四方に1か所の割合で設置されていました。
「水道井戸」に水を分配するための地下水道は、
なんと総延長が150km。
当時の世界一の規模でした。

驚くことに
江戸の町の人口は、100万人。
当時のロンドンやパリでも50万人程度。
人口も世界一なら、
はりめぐらされた地下水道の規模も世界一、
そして水道井戸の数も世界一だったわけです。


凄いですね。

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「ならぬことはならぬ」

さて、
実はこの仕組み、少し危険なのです。
もし誰かが、上手の方にある水道井戸に毒を入れたら、
その毒は下流の家庭全部に回ってしまう


当時の江戸の人口は100万人です。
もっと言ってしまえば
常時100万人ということは、
江戸250年という期間の中では、延べ人数1000万。
1000万人もの人がいたら、
中には悪いことを考える人間がいてもおかしくない。

そして、
江戸の治安を守る奉行所(現 警察)は、
与力50騎、同心240人しかいませんでした。
治安を預かる警察職員が、
江戸100万の人口に対して、たったこれだけしかいなかった。

しかし、
江戸時代を通じ、そのような悪さを働く人間は、誰ひとりいなかった。

これはすごいことです。

当時の日本人は
「ならぬことは、ならぬ」
個人の「自由」というのは、
一定のルールを守ることで維持されるということを、
理屈抜きでしっかりとわきまえていた事がいたのではないでしょうか?



ちなみに、
現在の東京の警視庁警察官の職員数は45000人です。
が、
現在、水道の仕組みを江戸時代と同じ「自然下流式」になどしたら、
どうなるでしょうか?




戦後、

日本では
個人の自由ばかりが尊重されるようになりました。

注意をすれば、
注意をした側に問題がある、
注意の仕方がおかしい、
変だ、
そもそも注意をする資格があるのかないのか、
そんなことがルールとして定まっているのかなど、
なんでもかんでも議論が展開される世の中です

「ならぬものはならぬ」ではなく
「ならないのかなるのか議論しましょう!!!!」
となんでもかんでも議論が展開されてしまう。

身勝手や我儘がどこまで許容されるのか、
そんな議論が展開されてしまう。



個人の自由は一定のルールを守ることで維持されるということ。
一定のルールを
皆があれやこれやと理屈をつけ
守らない/捻じ曲げてしまえば
個人の自由が成り立つ為に絶対に必要である社会という枠組が
めちゃくちゃになってしまうことを
理解できないOR教わらないからでは
ないかと私は思います。



個人の自由ばかりが尊重され、
社会有りき、国有りきの
自由なんだということ
生活なんだということを
忘れてしまえば、
江戸時代と同じ「自然下流式」の仕組みにしたら
とんでもないことになりそうだと
私は思います。




「それでも未だに」

それでも未だに日本人は
誰もいない深夜の交差点で、信号が赤になれば、キチンと車を停車し、
震災が起こり、避難所生活になっても、
誰ひとり暴動など起こさず、ひたすら明日を信じて生きようとしている。



日本社会にあったすばらしいもの。

これ以上、それを失なえば
「日本人だからこそ可能なこと」は消えうせるでしょう。





「ならぬものはならぬ」
これを左翼は別の用途に使用しました。
以下を
日本人に教え、日本人を育てること、
それは
「ならぬものはならぬ(駄目なものは駄目)」と

(なぜだかわかりますか?それだけ日本人が彼らにとり脅威でありすさまじかったからです)↓↓↓
戦後の占領政策後
教育現場から姿を消した教育勅語、ここに記された12の徳目

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孝行
親に感謝する

友愛
兄弟仲良くする

夫婦の和
夫婦で協力する

朋友の信
友達を信じあう

謙遜
みずから反省する

博愛
みんなにやさしくする

修学習業、智能啓発
知徳を磨く

公益世務
公のために働く

遵法
ルールに従う

義勇
祖国に尽くす

伝統継承
伝統を守る

率先垂範
手本を示す

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かつて
江戸に存在した世界一の水道システムと
システムの存続を可能にした日本人の心根

日本社会にあったすばらしいもの。

何か感じていただければ幸いです。



何か感じていただければ幸いです。





<おまけ>

チリひとつなかった江戸の町
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水が大切だったから、感謝していたからこその場所
「水神社」

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■江戸時代、今よりも個人の自由が尊重されていないから、
皆苦しくてつまらない人生だったのでは?
と考えられた方へ
↓↓↓↓↓
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「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったり融けあう。
彼らは何か目新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見つけて感心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている」
(英女性バード)

「この民族は笑い上戸で、心の底まで陽気である。
日本人ほど愉快になりやすい人種は殆どあるまい。
良いにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける。
そして子どものように、笑い始めたとなると、理由もなく笑い続けるのである。」(仏人、ボーヴォワル)

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内面から湧き出る美しさを感じました
陸奥宗光の妻  陸奥亮子

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参考文献
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1233.html (ねずきちの独り言)
http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/univj/list.php?req=1&target=Beato(幕末・明治期写真集)






おわり

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