「ルーズベルト ニ 与エル書」 ~ 硫黄島で帰国の日を待ち続ける英霊たちがいることを忘れないで。

「ルーズベルト ニ 与エル書」
現代語訳全文
http://blog.livedoor.jp/yamato26840/archives/51306882.html より
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日本海軍市丸海軍少将がフランクリン・ルーズベルト君に、
この手紙を送ります。
この戦いが終わるに当たって、
私はあなたに一言を告げることがあります。

ペリー提督の下田入港を機として、
日本が世界と国交を結ぶようになって百余年が間、
日本の歩みというものは至極難儀を極め、自らが望んでいるわけでもなく日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、支那事変と経験し、不幸なことに貴国と交戦するにまで至ったのです。

これについてあなたがたは
日本の戦争に対し、
或いは好戦的で残虐な国民であると、
或いは黄色人種の跋扈だとか、或いは軍閥の専断によると言われますが、これはとんでもなく的外れであります。

あなたがたは
真珠湾の不意打ちを唯一つの対日戦争に対する宣伝資料としているようですが、
日本が自滅から逃れるため、このような戦争を始めるところまで追い詰めらた事情は、
あなたがたが最もよく存じているところではないでしょうか。


おそれ多くも日本の天皇陛下は、
皇祖皇宗建国の大みことのりに明らかであるように、
養正(正義)、重暉(明智)、積慶(仁慈)を三綱とする八紘一宇という言葉で表現される国家統治計画に基づいて、
地球上のあらゆる人々はその自らの分に従って
『その生まれた土地においてその生を享受する』
このような恒久的世界平和の確立を唯一の念願とされているに他なりません。

このことはかつて、

「四方の海 皆はらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ」

という明治天皇の御製に言われていることと同じであります。

これを聞き、
あなたの叔父であるセオドア・ルーズベルト閣下が感嘆したことをあななたも良く知っていることでしょう。

我々日本人にはいろいろな階級の人がおりますが、
つまるところ彼らは色々な職業につきながら、
この天業を助けるために生きているのです。

我々軍人もまた、
戦争という生業でこの天業を広く推し進める助けをさせて頂いております。

今の我々は、
あなた方の物量を誇る航空戦力や艦砲射撃に対して圧されている状況にありますが、
精神的には充実しており、士気はますます高揚し、歓喜に溢れているのです。
これが天業を助ける信念に燃える日本国民の共通の心理でありますが、あなたやチャーチル殿には理解できないかもしれません。

あなた方の精神的な弱さを悲しく思い、一言書かせていただきます。

あなた方の立ち振る舞いをみると、
白人とくにアングロサクソンによって世界の利益を独り占めにしようとし、
その野望の為に有色人種を奴隷としてきたではありませんか。

好計(注釈 訂正→奸計 転載文の為注釈にて訂正させていただきます。教えてくださったユーザー様ありがとうございます。)を弄して
有色人種を騙すという
いわゆる悪意のもとの「善政」によって
彼らから考える力を奪い、無力にしてきたのです。

近世になって日本があなた方の野望に抵抗して、
有色人種とくに東洋民族としてあなた方の束縛から解放を試みましたが、
あなた方は日本の真意を少しも理解しようとはせず、
ひたすら有害な存在であるとして、
かつては友邦であったはずの日本人を野蛮人として、
公然と日本人種の絶滅を口々にするようになったのです。

どうして神意に背くのでしょうか。

大東亜戦争により、
いわゆる大東亜共栄圏が成立すれば、
それぞれ各地の民族が善政を行い、
そしてあなた方がこれを破壊しなければ、
全世界が恒久的平和を実現するのも決して遠くはないのです。

あなた方白人はすでに充分な繁栄を遂げているのにも満足せず、
数百年来あなた方の搾取から逃れようとする哀れな人類の希望の芽を、どうして若葉のときに摘み取ってしまうのですか。

ただ単純に東洋のものを東洋に帰すということに過ぎないのです。
あなた方白人はどうしてそうも貪欲で狭量なのでしょうか。

大東亜共栄圏はあなた方の存在を少しも否定しません。

むしろ、
世界平和の一翼として、
世界人類の安寧幸福を保障するということに
日本天皇陛下の神意があるということを理解できる雅量をあなた方に望んでいるのです。

ひるがえって欧州の情勢をみても、
相互の無理解が原因で人々が闘争することがいかに悲惨であるか、
痛嘆せざるを得ません。

今ここでヒトラー総統の行動についての是非を云々することはつつしみますが、
彼が第二次世界大戦を引き起こした原因は、
一次大戦終結のとき、
その開戦の責任一切を敗戦国であるドイツ一国にかぶせ、
極端な圧迫をするあなた方の戦後処置に対する反動であることを看過できません。

あなた方がいかに善戦してヒトラー総統を倒したとしても、
どうやってスターリンを首領とするソビエトと協調するつもりでしょうか。

おおよそ世界が強者の独占するものであるならば、
永久に闘争を繰り返し、
遂に界人類に安寧幸福の日は来ることはないでしょう。

あなた方は今、世界制覇の野望を一応は実現しようとしております。
あなた方も得意になっているのでしょう。

しかしながら、
あなたの先輩であるウィルソン大統領は、そういった得意の絶頂のときに失脚したのです。

願わくば、わたしの言外の意を汲んでいただき、
その轍を踏むことがないように。


市丸海軍少将
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以上
http://blog.livedoor.jp/yamato26840/archives/51306882.html 参照

<原文>
http://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%8B%E4%B8%8E%E3%83%95%E3%83%AB%E6%9B%B8


硫黄島は、小笠原諸島の南端近くに所在する、東西8 km、南北4 kmの島である。
行政区分上は東京都小笠原村に属し、東京都区部からは、南方におよそ1,200km に位置する。

昔、硫黄島にて
日本とアメリカとの死闘が繰り広げられました。
昭和20年。
米軍の猛攻にあって尚、国を守るべく戦った日本側の司令官
市丸利乃助少将が当時のアメリカ大統領ルーズベルトに送った手紙が
上記にご紹介させていただきました。

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先人たちが、
何が為に戦ったのかが、よくわかると思います。



次に以下をご覧ください。
http://nipponbanzai.at.webry.info/200912/article_5.html より 抜粋して転載

ここから〜〜〜
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
先の戦争時、硫黄島には日本人兵士2万1千人が派兵された。
この時戦争は末期だったため、ほとんどの人が職業軍人ではなく、
元は一般の方々だった。 

その2万1千人のうち、無事生還出来た者はたったの1033人。
お骨として帰って来た者は8千人ちょっと。

残りの1万人以上の日本人の骨がまだ埋まったままだ。

しかも、彼らは今の多くの日本人に忘れられている。


アメリカ軍は硫黄島を占領した後、たくさんの日本兵の遺体の上にそのままコンクリートを流し、滑走路を敷いた。

戦後から23年後、アメリカから返還された硫黄島は自衛隊が管理することになり、埋もれた彼らの骨を拾うためその滑走路は、ずらされた。

しかし、完全にずらしたわけではなく、元の位置と大部分が重なるため、まだたくさんの骨がそのままである。

自衛隊機や硫黄島に来る飛行機は、今でも彼らの骨の上で離着陸をおこなっているということだ。

〜〜〜

硫黄島で散った兵士たちは我々をどう見ているだろうか。

我々がこの日本をどんな国にするのか。
我々がやらなければならない。

アメリカ兵の遺族は国費で慰霊のために硫黄島を訪れることができる。
また遺骨のほとんどがアメリカに帰ることができたそうだ。

しかし、日本の遺族は硫黄島まで自費で行くか、ボランティアの援助しかなく、多くの遺骨が埋まったままだ。

クリント・イーストウッドは、「硫黄島からの手紙」の撮影の際、日本人スタッフらに硫黄島での戦いについて尋ねた。ところが、日本人スタッフは誰もその実態を知らなかった。
クリント・イーストウッドは大変驚いたそうだ。

硫黄島の戦いは、日本が圧倒的に不利でありながら、日米間でもっとも激しい戦いで、唯一米軍の損害が日本の損害を上回った戦いだった。
そんな戦いをした栗林中将にアメリカは尊敬をしていたからだ。
そのため硫黄島はアメリカにとって日米戦の勝利の象徴になっていた。

硫黄島から生還された方に、金井啓さんと言う方がおられる。今年83歳の元海軍下士官だ。その金井さんに、独立総合研究所の青山繁春氏がこんな質問をした。

「日本は悪者だったと教えられたため、日本人はみんな無関心になってしまったのでしょうか?」

すると、戦後多くをずっと語らずにいたという金井さんが、

「その通りだよ!俺達のどこが悪者なんだ。あなた方を守るために私たちは闘い、みんなは死んだんだ!」

そうして、次のように語った。

「帰って来てから水のことが忘れられない。地下壕でじっとしている間、タンクにある水だけが頼りだった。仲間が死ぬ寸前、水をくれというので、水と言っても60℃ぐらいありますから熱湯です。その水を末期(まつご)の水として、仲間の口にあててやるんです。そうすると熱湯だから唇が腫れるんです。だから、今はキンキンに冷やした水を仏壇に供えてやっているんです」

栗林中将は戦闘で斃れる間際このような短歌を詠った。

『国の為 重きつとめを 果たし得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき』

金井さんは青山氏と別れるとき、小さく海軍式の敬礼をした。 」

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
〜〜〜ここまで


昔昔
欧州諸国が西へ東へと
植民地化競争を繰り広げていた。

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あともう少しで
「全世界の植民地化達成」だったその時
東の島国が
それに立ち向かった。


東の島国は
戦い

やがて
「欧州による全世界植民地化」を食い止めた。


東の島国とは、日本です。




■オランダ・アムステルダム市長
 
「皆さんの日本は、 アジア各地で侵略戦争を起こしてすまない。アジア民族たちに大変迷惑をかけたと 自らを馬鹿にして謝罪していますが、
これは大きな間違いです。
皆さんこそ、
自らの血をこぼして、
アジア民族を解放して、
救助するという人類にとってすばらしい行いをしました。
しかし、日本人は
過去の本当の歴史がわからなくて、
あるいは(アメリカに)洗脳されて、
悪い事をしたと自ら悪者になっていますが、
歴史を返り見て真相を見つめる必要がありますね。

事実は、違う。
私たち白色人種が悪い。
百年も 2百年も前から、
競いあい
アジアを征服して、
自分の領土として勢力下に置きました。
そんなアジア民族を解放して、
皆繁栄しようと、
崇高な理念を掲げて、
大東亜共栄圏樹立だと言う旗印で立ち上がったことが 日本でした。



■マッカーサーの証言

ABCD包囲網
「太平洋において我々は彼らを迂回しました。
我々は包囲したのです。
日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島にひしめいてゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。
その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事してゐました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。
歴史上のどの時点においてか、
日本の労働者は、人間は怠けてゐる時よりも、働き、生産してゐる時の方がより幸福なのだといふこと、
つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。
 
これほど巨大な労働力を持ってゐるといふことは、
彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。

彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。
しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。
彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如してゐる。
そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、
一千万から一千二百万の失業者が発生するであらうことを
彼ら(日本政府・軍部)は恐れてゐました。
したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、
大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです」



「侵略戦争!!!!!!」

それ、もう止めませんか?

繋ぎ繋がり今がある。
繋いでくれた先人を悪人にするのは、もう止めませんか?

そして
繋ぎ繋がったこの日本の土の上
私たちは今、何をしているでしょうか?


恥じない生き方をしたいものです。



そして、、、、、


硫黄島には
未だ1万柱以上の日本兵の遺骨が眠っておられます。

戦後どれだけの月日が経ったでしょうか?
未だ多くの英霊が、帰還できずにいるのです。


安倍総理、どうか頼みます。


◆安倍首相、4月13日にも硫黄島訪問で調整
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130319/plc13031923260013-n1.htm
安倍晋三首相は太平洋戦争末期、日米が激戦を繰り広げた硫黄島(東京都小笠原村)を4月13日か14日に訪問する方向で調整に入った。政府高官は19日夜、「首相は機会があれば硫黄島に行きたいという意向を示していた」と明言。
首相は現地の遺骨収集作業を視察する考えだ。


◆「英霊にも大きな喜び」首相の硫黄島視察に新藤総務相
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130405-00000522-san-pol
新藤義孝総務相は5日午前の記者会見で、
安倍晋三首相が14日に先の大戦で激戦地となった硫黄島(東京都小笠原村)の視察を予定していることについて「いまだに戦死された1万人余りの方が眠っており、遺骨収集がされている現地を一国の首相としてごらんいただくことは、島に眠る英霊の方々には大きな喜びになる。遺族の一人として、ありがたい」と述べた。

新藤氏は、硫黄島での日米の戦いを指揮した栗林忠道大将の孫。
首相の視察に同行する方向で調整しており、会見では「私も同行できるならばこんなありがたいことはない」と述べた


◆首相官邸HP
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ioutou/
硫黄島からの遺骨帰還のための特命チーム
新着情報
①硫黄島遺骨帰還平成24年度第3回通常派遣について
②硫黄島遺骨帰還平成24年度第4回通常派遣について



日本人の私たちにできること。↓↓↓
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
①応援の声や意見を現場に送ってください。
みんなで、追い風になりましょう

◆首相官邸 
https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html
◆自民党
http://www.jimin.jp/voice/

②「俺達のどこが悪者なんだ。あなた方を守るために私たちは闘い、みんなは死んだんだ!」
こんな事を、守り繋いでくれた人に言わせる。
そんな悲劇は私たちの世代で終わりにしたい。
日記主はそう考えています。

上記に紹介したお話をご存じない日本人が沢山います。
どうか内にとどめず、外へ外へ伝え繋げてください。


私もがんばります。
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


最後になりますが、
こちらをどうぞ


硫黄島に眠る英霊に一杯の氷水を
FACEBOOKページ
http://www.facebook.com/events/422888467761784/
より以下抜粋して転載

〜〜ここから
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

硫黄島では、今なお10000人以上の日米の英霊が遺族のもとに帰還できず、滑走路の下で眠っておられます。

戦いのさなか、真水のない島で彼らは雨水を瓶に貯めては口にするも、すでにお湯ほどの熱さになっており、唇に火傷を負った兵士もいたと聞きます。

地獄のような暑い豪の中で、どれほど一杯の冷たい水が飲みたかったか。ある帰還兵は、「冷たい水が飲めるなら死んでもいいと思った」とまで証言されています

どうか、みなさま、硫黄島のある南に向かって、毎日一杯の氷水をお供えし、お祈りをしていただきたく伏してお願い申し上げます。

そして、最後には英霊に代わって、一緒にその氷水を飲んでいただきたいのです。そうすれば必ず英霊も氷水を口にすることができると心から信じています。

過去の特集記事より。拙紙・青山繁晴号からです。
硫黄島の英霊と一杯の氷水
http://mikoup.ebb.jp/src/file837.pdf

青山氏が硫黄島を訪れたのは2006年12月のこと。スーパーニュース・アンカーの撮影クルーとともに硫黄島の地に降りた。

駐留していた2万2786人のうち、たった1033人だけ生き残った日本軍(軍属)のひとり、金子啓さんは、負傷した日本兵の口唇に末期の水を濡らしたことを青山氏に話した。70度にもなる、元は雨水だった熱水を、口唇に濡らすと、腫れ上がったという。

その日から青山氏は、神棚に氷水を捧げ続けている。講演でその逸話を聞いた方の中にも、仏前に氷水を捧げる人が増えてきたという。 

終戦から67年。
硫黄島には未だ帰国を果たしていない日本兵の遺骨が1万2000柱も残っている。

その多くはアメリカ軍が敷いた滑走路のアスファルトの下で、1日も早い帰国の日を待ち続けている。
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
~~ここまで

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