「二つの海の交わり」 安倍総理のインドでの演説

皆さんあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。


ウケイカーウケイカー、
安倍政権誕生後、
この言葉がテレビや新聞で飛び交っているようですが、
実際はこんな感じ
↓↓↓↓
◆チベット亡命政府が安倍氏を祝福 
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121217/asi12121720330006-n1.htm

◆フィリピン政府 「自民党、安倍氏を支持する。日本の憲法9条改正、国防軍を強く希望する。」
http://japanese.ruvr.ru/2012_12_10/firipin-nihonguntai-no-sousetsu-shiji/

◆オーストラリア政府 「自民党、安倍氏の圧勝を祝う」 
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1700M_X11C12A2EB2000/

◆アメリカ政府 オバマ大統領 「自民党、安倍氏の圧勝を祝う、日米同盟はアジアの安定に寄与」
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK17001_X11C12A2000000/

◆韓国 「極右、安倍の勝利は勘弁してほしい」
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00237233.html

上記から、
日本のマスコミが「どこ寄り」の報道をしているかがわかります。
そんなマスコミの報道は、今に始まったことではありません。
↓↓↓
http://ponko.iza.ne.jp/blog/entry/1859823/ より以下転載

~ここから
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2007年 安倍元首相はインドを訪問し、戦略的パートナーシップを結んだ。
中国を意識して東アジア地域での政治的経済的影響力を強めるのが狙いだった。
それに対し、民主党は2008年インドのシン首相が来日した時、当時の民主党小沢一郎代表はシン首相との会談をドタキャンした。
両党のインドに対する温度差は歴然としている。

安倍元首相はインドを訪問した際に、国会で演説をして全議員からスタンディング・オベーションを受けた。
翌日パール判事のご子息を訪問したが、中国に気兼ねする日本のマスコミは安倍元首相の講演をスルーし、パール判事の遺族との会談に疑念を示した。

日本テレビ
「今回の訪問でインドとの友好関係をアピールしたい安倍首相だが、パール判事の遺族との会談は、A級戦犯を非難する中国を刺激する可能性もある」
http://www.news24.jp/articles/2007/08/23/0491369.html
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
~ここまで

外国 とは 中国と韓国の事だけを指す言葉ではありません。
世界には、たくさんの国が ありますよね。

それらとうまく協力関係を気付くことは、
日本の国力を高める為の大切な対応だと日記主は思います。

国力を高める事で、
なんやかんやと難しい中国と韓国にも時に強気に、時にスムーズに
対応することが可能になるとも日記主は思います。

そんな対応を安倍政権に望むと同時に
私たち国民も 
マスコミの煽りに右往左往しないよう注意が必要だと思います。

マスコミと一緒になり、
ウケイカーウケイカーと言いながら
国益となる対応をしている人を邪魔してしまったら、
もったいないですから。


冒頭でマスコミが過去に安倍総理のインド訪問を批判的に報道した旨をご紹介しましたが、
その際の安倍総理のインドでの演説をご紹介します。
是非読んでほしいと思います。

あの日、あの時、
日本のマスコミが批判的な報道をする中、
インドではこんな演説がなされ、
インドではスタンディングオーベーションされていたんですよ。

外務省HPより抜粋して転載
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0822.html

〜〜ここから
モハンマド・ハミド・アンサリ上院議長、
マンモハン・シン首相、
ソームナート・チャタジー下院議長、
インド国民を代表する議員の皆様と閣僚、大使、並びにご列席の皆様、

 初めに私は、いまこの瞬間にも自然の大いなる猛威によって犠牲となり、苦しみに耐えておられる方々、ビハール州を中心とする豪雨によって多大の被害を受けたインドの皆様に、心からなるお見舞いを申し上げたいと思います。

 さて、本日私は、世界最大の民主主義国において、国権の最高機関で演説する栄誉に浴しました。これから私は、アジアを代表するもう一つの民主主義国の国民を代表し、日本とインドの未来について思うところを述べたいと思っています。

 The different streams, having their sources in different places, all mingle their water in the sea.

 インドが生んだ偉大な宗教指導者、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ(Swami Vivekananda)の言葉をもって、本日のスピーチを始めることができますのは、私にとってこのうえない喜びであります。

 皆様、私たちは今、歴史的、地理的に、どんな場所に立っているでしょうか。この問いに答えを与えるため、私は1655年、ムガルの王子ダーラー・シコー(Dara Shikoh)が著した書物の題名を借りてみたいと思います。

 すなわちそれは、「二つの海の交わり」(Confluence of the Two Seas)が生まれつつある時と、ところにほかなりません。

 太平洋とインド洋は、今や自由の海、繁栄の海として、一つのダイナミックな結合をもたらしています。従来の地理的境界を突き破る「拡大アジア」が、明瞭な形を現しつつあります。これを広々と開き、どこまでも透明な海として豊かに育てていく力と、そして責任が、私たち両国にはあるのです。

 私は、このことをインド10億の人々に直接伝えようとしてまいりました。だからこそ私はいま、ここ「セントラル・ホール」に立っています。インド国民が選んだ代議員の皆様に、お話ししようとしているのです。


日本とインドの間には、過去に幾度か、お互いを引き合った時期がありました。

ヴィヴェーカーナンダは、岡倉天心なる人物――この人は近代日本の先覚にして、一種のルネサンス人です――が、知己を結んだ人でありました。岡倉は彼に導かれ、その忠実な弟子で有名な女性社会改革家、シスター・ニヴェーディター(Sister Nivedita)とも親交を持ったことが知られています。

明日私は、朝の便でコルカタへ向かいます。ラダビノード・パール(Radhabinod Pal)判事のご子息に、お目にかかることとなるでしょう。極東国際軍事裁判で気高い勇気を示されたパール判事は、たくさんの日本人から今も変わらぬ尊敬を集めているのです。

ベンガル地方から現れ、日本と関わりを結んだ人々は、コルカタの空港が誇らしくも戴く名前の持ち主にせよ、ややさかのぼって、永遠の詩人、ラビンドラナート・タゴールにしろ、日本の同時代人と、いずれも魂の深部における交流を持っていました。まったく、近代において日本とインドの知的指導層が結んだ交わりの深さ、豊かさは、我々現代人の想像を超えるものがあります。

にもかかわらず、私はある確信を持って申し上げるのですが、いまインドと日本の間に起きつつある変化とは、真に前例を見ないものです。第一に、日本における今日のインド熱、インドにおける例えば日本語学習意欲の高まりが示しているように、それは一部特定層をはるかに超えた国民同士、大衆相互のものです。

背後にはもちろん、両国経済が関係を深めていくことへの大きな期待があります。その何より雄弁な証拠は、今回の私の訪問に、日本経団連会長の御手洗富士夫さん始め、200人ちかい経営者が一緒に来てくれていることです。

第二に、大衆レベルでインドに関心を向けつつある日本人の意識は、いま拡大アジアの現実に追いつこうとしています。利害と価値観を共にする相手として、誰に対しても透明で開かれた、自由と繁栄の海を共に豊かにしていく仲間として、日本はインドを「発見」(The Discovery of India)し直しました。

インドでは、日本に対して同じような認識の変化が起きているでしょうか。万一まだだとしても、今日、この瞬間をもって、それは生じたと、そう申し上げてもよろしいでしょうか?

ここで私は、インドが世界に及ぼした、また及ぼし得る貢献について、私見を述べてみたいと思います。当の皆様に対して言うべき事柄ではないかもしれません。しかし、すぐ後の話に関連してまいります。

インドが世界史に及ぼすことのできる貢献とはまず、その寛容の精神を用いることではないでしょうか。いま一度、1893年シカゴでヴィヴェーカーナンダが述べた意味深い言葉から、結びの部分を引くのをお許しください。彼はこう言っています。

 "Help and not Fight", "Assimilation and not Destruction", "Harmony and Peace and not Dissension."

今日の文脈に置き換えてみて、寛容を説いたこれらの言葉は全く古びていないどころか、むしろ一層切実な響きを帯びていることに気づきます。

アショカ王の治世からマハトマ・ガンディーの不服従運動に至るまで、日本人はインドの精神史に、寛容の心が脈々と流れているのを知っています。

私はインドの人々に対し、寛容の精神こそが今世紀の主導理念となるよう、日本人は共に働く準備があることを強く申し上げたいと思います。

私が思うインドの貢献とは第二に、この国において現在進行中の壮大な挑戦そのものであります。




皆様、日本はこのほど貴国と「戦略的グローバル・パートナーシップ」を結び、関係を太く、強くしていくことで意思を一つにいたしました。貴国に対してどんな認識と期待を持ってそのような判断に至ったのか、私はいま私見を申し述べましたが、一端をご理解いただけたことと思います。

このパートナーシップは、自由と民主主義、基本的人権の尊重といった基本的価値と、戦略的利益とを共有する結合です。

日本外交は今、ユーラシア大陸の外延に沿って「自由と繁栄の弧」と呼べる一円ができるよう、随所でいろいろな構想を進めています。日本とインドの戦略的グローバル・パートナーシップとは、まさしくそのような営みにおいて、要(かなめ)をなすものです。

日本とインドが結びつくことによって、「拡大アジア」は米国や豪州を巻き込み、太平洋全域にまで及ぶ広大なネットワークへと成長するでしょう。開かれて透明な、ヒトとモノ、資本と知恵が自在に行き来するネットワークです。

ここに自由を、繁栄を追い求めていくことこそは、我々両民主主義国家が担うべき大切な役割だとは言えないでしょうか。

また共に海洋国家であるインドと日本は、シーレーンの安全に死活的利益を託す国です。ここでシーレーンとは、世界経済にとって最も重要な、海上輸送路のことであるのは言うまでもありません。

志を同じくする諸国と力を合わせつつ、これの保全という、私たちに課せられた重責を、これからは共に担っていこうではありませんか。

今後安全保障分野で日本とインドが一緒に何をなすべきか、両国の外交・防衛当局者は共に寄り合って考えるべきでしょう。私はそのことを、マンモハン・シン首相に提案したいと思っています。

ここで、少し脱線をいたします。貴国に対する日本のODAには、あるライトモティーフがありました。それは、「森」と「水」にほかなりません。

例えばトリプラ州において、グジャラート州で、そしてタミル・ナード州で、森の木を切らなくても生計が成り立つよう、住民の皆様と一緒になって森林を守り、再生するお手伝いをしてまいりました。カルナタカ州でも、地域の人たちと一緒に植林を進め、併せて貧困を克服する手立てになる事業を進めてきました。

それから、母なるガンジスの流れを清めるための、下水道施設の建設と改修、バンガロールの上下水道整備や、ハイデラバードの真ん中にあるフセイン・サーガル湖の浄化――これらは皆、インドの水よ、清くあれと願っての事業です。

ここには日本人の、インドに対する願いが込められています。日本人は、森をいつくしみ、豊富な水を愛する国民です。そして日本人は、皆様インドの人々が、一木一草に命を感じ、万物に霊性を読み取る感受性の持ち主だということも知っています。自然界に畏れを抱く点にかけて、日本人とインド人にはある共通の何かがあると思わないではいられません。

インドの皆様にも、どうか森を育て、生かして欲しい、豊かで、清浄な水の恩恵に、浴せるようであってほしいと、日本の私たちは強く願っています。だからこそ、日本のODAを通じた協力には、毎年のように、必ず森の保全、水質の改善に役立つ項目が入っているのです。



先ほどご紹介しましたとおり、私の今度の旅には、日本を代表する企業の皆様が200人ちかく、一緒に来てくれています。まさに今、この時間帯、インド側のビジネスリーダーとフォーラムを開き、両国関係強化の方策を論じてくださっているはずです。

こうなると、私も、日本とインドとの間で経済連携協定を、それも、世界の模範となるような包括的で質の高い協定を一刻も早く結べるよう、日本側の交渉担当者を励まさなくてはなりません。インドの皆様にも、早く締結できるようご支持を賜りたいと、そう思っております。

両国の貿易額はこれから飛躍的に伸びるでしょう。あと3年で200億ドルの線に達するのはたぶん間違いないところだと思います。

シン首相は、ムンバイとデリー、コルカタの総延長2800キロメートルに及ぶ路線を平均時速100キロの貨物鉄道で結ぶ計画に熱意を示しておいでです。あと2カ月もすると、開発調査の最終報告がまとまります。大変意義のある計画ですから、これに日本として資金の援助ができるよう、積極的に検討しているところです。

そしてもう一つ、貨物鉄道計画を核として、デリーとムンバイを結ぶ産業の大動脈をつくろうとする構想については、日本とインドの間で今いろいろと議論を進めています。とくにこの構想を具体化していくための基金の設立に向けて、インド政府と緊密に協力していきたいと考えています。

今夕、私はシン首相とお目にかかり、日本とインドの関係をこれからどう進めていくか、ロードマップをご相談するつもりです。会談後に、恐らくは発表することができるでありましょう。

この際インド国民の代表であられる皆様に申し上げたいことは、私とシン首相とは、日本とインドの関係こそは「世界で最も可能性を秘めた二国間関係である」と、心から信じているということです。「強いインドは日本の利益であり、強い日本はインドの利益である」という捉え方においても、二人は完全な一致を見ています。

インド洋と太平洋という二つの海が交わり、新しい「拡大アジア」が形をなしつつある今、このほぼ両端に位置する民主主義の両国は、国民各層あらゆるレベルで友情を深めていかねばならないと、私は信じております。

そこで私は、今後5年にわたり、インドから毎年500人の若者を日本へお迎えすることといたしました。日本語を勉強している人、教えてくれている人が、そのうちの100人を占めるでしょう。これは、未来の世代に対する投資にほかなりません。

しかもそれは、日本とインド両国のためはもとよりのこと、新しい「拡大アジア」の未来に対する投資でもあるのです。世界に自由と繁栄を、そしてかのヴィヴェーカーナンダが説いたように異なる者同士の「共生」を、もたらそうとする試みです。

それにしても、インドと日本を結ぶ友情たるや、私には確信めいたものがあるのですが、必ず両国国民の、魂の奥深いところに触れるものとなるに違いありません。

私の祖父・岸信介は、いまからちょうど50年前、日本の総理大臣として初めて貴国を訪問しました。時のネルー首相は数万の民衆を集めた野外集会に岸を連れ出し、「この人が自分の尊敬する国日本から来た首相である」と力強い紹介をしたのだと、私は祖父の膝下(しっか)、聞かされました。敗戦国の指導者として、よほど嬉しかったに違いありません。

また岸は、日本政府として戦後最初のODAを実施した首相です。まだ貧しかった日本は、名誉にかけてもODAを出したいと考えました。この時それを受けてくれた国が、貴国、インドでありました。このことも、祖父は忘れておりませんでした。

私は皆様が、日本に原爆が落とされた日、必ず決まって祈りを捧げてくれていることを知っています。それから皆様は、代を継いで、今まで四頭の象を日本の子供たちにお贈りくださっています。

ネルー首相がくださったのは、お嬢さんの名前をつけた「インディラ」という名前の象でした。その後合計三頭の象を、インド政府は日本の動物園に寄付してくださるのですが、それぞれの名前はどれも忘れがたいものです。

「アーシャ(希望)」、「ダヤー(慈愛)」、そして「スーリヤ(太陽)」というのです。最後のスーリヤがやって来たのは、2001年の5月でした。日本が不況から脱しようともがき、苦しんでいるその最中、日本の「陽はまた上る」と言ってくれたのです。

これらすべてに対し、私は日本国民になり代わり、お礼を申し上げます。

最後に皆様、インドに来た日本人の多くが必ず目を丸くして驚嘆するのは、なんだかご存知でしょうか。

それは、静と動の対照も鮮やかな「バラタナティアム」や、「カタック・ダンス」といったインドの舞踊です。ダンサーと演奏家の息は、リズムが精妙を極めた頂点で、申し合わせたようにピタリと合う。――複雑な計算式でもあるのだろうかとさえ、思いたがる向きがあるようです。

インドと日本も、そんなふうに絶妙の同調を見せるパートナーでありたいものです。いえ必ずや、なれることでありましょう。

ご清聴ありがとうございました。

〜〜ここまで


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安倍総理とシン首相


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パール判事長男、安倍首相と面会 『日本から父への敬意に感謝』

パール判事に関してはこちらをどうぞ
「学校が教えてくれない東京裁判」
http://sahashipesu.blog.fc2.com/blog-entry-2.html


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◆安倍新政権
「両国関係を急速に拡大させる絶好の機会」 インド有力紙
2012.12.17 18:45
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121217/asi12121718460004-n1.htm

衆院選の自民党の圧勝を受けて、17日付のインドの有力紙タイムズ・オブ・インディアは1面に自民党の安倍晋三総裁の写真とともに「インドの友人アベが日本で復権へ」との見出しを掲載し、国際面に、確実視される安倍氏の首相就任を歓迎する記事を載せた。

安倍氏が以前、首相を任期途中で辞任したことを「インドは、とてもおいしい前菜の後で、メーンコースを奪われたようだった」と食事に例え、選挙結果を受けて「なかなか手に入らなかった主菜が今になってやって来る」と述べた。
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国益が目的 友好が手段
これが現在
友好が目的 国益が手段となってしまっている

これは安倍総理の言葉です。


私たちの生活は国有りき

国を繋げる


その為には 「国益となる」が絶対条件です。

これはどこの国でも同じです。



国益が目的 友好が手段 結果国益となれば国は続くのに、目的が友好となり、その為に国益を逃してしまえばどうなるでしょう?

国益が目的 友好が手段 結果国益となれば国は続くのに、手段である友好さえも逃してしまえばどうなるでしょう?

国益が目的 友好が手段

結果 国益となれば国は続く



国政を注視する私たち国民も、
これを十分に認識したいものです。


*こちらもよろしくお願いいたします。↓
【拡散希望】「朝鮮学校無償化求める要望がた くさん集まると予想されますのでパブリックコ メントで反対の要望をたくさん出して下村文科 相を支えて下さい 」
http://politiceconomy.blog28.fc2.com/blog-entry-2117.html


*安倍総理は何してたかな? ◆28日→拉致被害者家族との懇談・各国首脳との電話会談 ◆29日→福島県下訪問  テレビや新聞が報道しなくても総理の動向はこちらで確認することができます。
→首相官邸HP http://www.kantei.go.jp/


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