奉祝 本日は天長節 天皇陛下のお誕生日です。「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり」

12月23日 天長節(天皇陛下のお誕生日)  



奉祝


すめらみこといやさか


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天皇誕生日 12月23日 一般参賀の海外の反応
http://jipangnet.blog.fc2.com/blog-entry-192.html

12月23日は、天皇陛下の御誕生日です。
毎年、皇居では一般参賀として多くの人々が、
お祝いに集まります。
今年、天皇陛下は80歳を迎えられます。

以下コメント欄より

〜天皇は日本の象徴ってより、人の形をした日本。
つまり日本のコモン・センスを細胞の一つ一つで語り継ぐ存在であって、不文憲法だ。
先祖達はかつて道を見失った時、天皇を参照する事によって自分達の良識に立ち戻る、という事をしてきた。

天皇をどう扱うかで、その人の国家観がわかる。〜




日本の国体は天皇陛下です。
2673年、変わらず続いてきました。

国体
国体とは、その国の基礎的な政治の原則を指し、
日本語の文脈で使用される際には「天皇を中心とした秩序」を意味する語となっている
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E4%BD%93

実はこれ、とてつもないことなんです。


世界を見渡せば
過去から今にわたり
沢山の王朝や権力者が姿を消してきました。
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
フランス革命(1789年 - 1794年)
アメリカ独立戦争(1775年 - 1783年)
ハイチ革命(1791年 - 1804年)
フランス7月革命(1830年) 
1848年革命(フランス、ドイツ、オーストリア)
ロシア革命(1905年)
メキシコ革命(1911年 - 1920年)
ロシア革命(1917年)
ドイツ革命(1918年 - 1919年)
トルコ革命(1922年 - 1923年)
国共内戦 (1945年 - 1949年、中国)
キューバ革命(1959年)
4・19学生革命(1960年、韓国)
文化大革命(1966年 - 1979年、中国
イラン革命(1979年)
ポーランド民主化運動
ハンガリー民主化運動
ビロード革命(チェコスロバキア)
ルーマニア革命 (1989年)
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

しかし
日本は王朝交代がまったく無く
「変わらず」2672年続くとてつもない国なのです。

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天下統一を目指した戦国武将でさえもその刃を
国体に向けることはありませんでした。
壊してしまえば、
「変わらない」ものが「変わって」しまうことを知っていたのではないでしょうか。


現在、
日教組という反日思想の人間がはびこる日本の教育現場では
上記に記載したような内容を一切日本人には与えません。

与えれば、
日本人として誇りを持ち
2673年の間、日本を守り保った日本人と同じように
守ろうとするから。
続かせようとするから。

また、
与えられない事柄には
上記以外に
こんなお話も含まれるのではないでしょうか?


「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり」
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ある日、仁徳天皇が難波高津宮から遠くをご覧になられた。
すると人々の家からは少しも煙が上がっていないことに気付いた。
仁徳天皇は「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。都がこうだから、地方はなおひどいことであろう」
と仰せられ、三年間、税を免除されました。

税を免除したために朝廷の収入はなくなり、宮殿は大いに荒れました。
仁徳天皇は衣を新調されず、茅葦屋根が破れ、雨漏りがして、星の光が屋根の隙間から見えるという有様でした。

三年がたち、
仁徳天皇が同じ高台に出られて、遠くをご覧になると
今度は、人々の家々から炊煙が盛んに立つのをご覧になり、一緒におられた皇后様に「我は豊かになった。喜ばしいことだ」とおっしゃいました。
皇后様は「変なことをおっしゃいますね。衣服には穴があき、屋根が破れているのに、どうして豊かになったといえるのですか」とお聞きになられました。
「国とは民が本である。その民が富んでいるのだから、我も富んだということだ」
とこう申されました。

仁徳天皇は引き続きさらに三年間、
税を献ずることをお許しにならず、
六年が経過して、
やっと税を課して、
宮殿の修理をお許しになりました。
http://jinjakannushi.blog89.fc2.com/blog-entry-882.html より\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


日本固有の大和言葉では、
庶民そして百姓という言葉に
「天皇が慈しむべき天下の大いなる宝である万民」を意味する、
「おおみたから」の和訓がふられている
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%A7%93

私達日本人が、従属物であったのならば、
庶民そして百姓が「宝 たから」と発音されることはなかったでしょう。
この御歌は存在しなかったでしょう。



「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり」


御歌の心は今もなお。


天皇、皇后両陛下は、
大震災後の計画停電時に
「第1グループ」の計画停電の時間に合わせ皇居・御所の電気を切っておられたそうだ。
実際に停電にならない日も、予定通り続けておられたそうだ。
「寒いのは(服を)着れば大丈夫」と、
その間は暖房も使われず、ろうそくや懐中電灯を使いながら暗い中で夕食をとられたこともあるという。

昭和天皇は 戦後間もなく全国を巡幸された。
着ていかれる洋服がみすぼらしいと、周囲は新調を勧めたが「みな着るものにも不自由しているのだから」と、断られた。
学校の板の間にゴザを敷き、黒いカーテンをかけお休みになったこともある
そうだ。



御歌の心は今もなお。




天皇陛下お誕生日に際し(平成25年)
天皇陛下の記者会見のより~

http://www.tokyo-np.co.jp/feature/koushitsu/131223/

―陛下は傘寿を迎えられ、平成の時代になってまもなく四半世紀が刻まれます。昭和の時代から平成のいままでを顧みると、戦争とその後の復興、多くの災害や厳しい経済情勢などがあり、陛下ご自身の2度の大きな手術もありました。80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事や、傘寿を迎えたご感想、そしてこれからの人生をどのように歩もうとしているのかお聞かせください。



80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。

前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。

戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。

また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。
戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人とのきずな絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。

傘寿を迎える私が、これまでに日本を支え、今も各地で様々に我が国の向上、発展に尽くしている人々に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。

既に80年の人生を歩み、これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが、年齢による制約を受け入れつつ、できる限り役割を果たしていきたいと思っています。

80年にわたる私の人生には、
昭和天皇を始めとし、多くの人々とのつながりや出会いがあり、直接間接に、様々な教えを受けました。
宮内庁、皇宮警察という組織の世話にもなり、大勢の誠意ある人々がこれまで支えてくれたことに感謝しています。

天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、
私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。
皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え、
これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。

これからも日々国民の幸せを祈りつつ、努めていきたいと思います。

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「世界最長の歴史と民を宝と呼ぶ世界最古の皇室を持つ2673年変わらず続く国」


これが日本です。


2673年、変わらず続く御皇室

2673年、一度も滅びることなく
日本を守り続けてきた日本人の祖先たち


私は
日本を、
日本人であることを
誇りに思います。

同時に同じ日本人である私も「恥じない」生き方をし
日本を守り保ちたいと思います。






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