日本人へ

3年前、
一枚の写真を見た。

「何が起ころうが、
日本を己の眼で見据え
そして
恥じない生き方をしよう。」

私の中に、
一つの芯のようなものが出来た。








それぞれの
時を生きた日本人が
繋げたからこそ
今がある
繋ぎ繋いで
今がある





上記動画より書き起こし

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祖父はフィリピンにいました。
私と同じ23歳の祖父です。
フィリピンは日米の戦争に巻き込まれていました。
連日アメリカ戦艦の大群が海に押し寄せたそうです。

当時の、日本は、大東亜戦争初期の勢いは無く
豊富な物資と強大な工業力を持つ米軍に追い込まれつつありました。

昭和19年6月15日、サイパンが米軍により攻略され、
これにより、本土へのB29を用いた爆撃が可能となります。

フィリピンは南方と日本の石油をつなぐ重要拠点であったため
米軍が獲得に動きます。

フィリピンを守る第一航空艦隊の戦力は零戦40機。
これだけの戦力では通常どうしようもないと思われました。

大西中将は遂に零戦に爆弾を搭載させた体当たり攻撃を提案しました。

この時、全員が両手を上げ賛同しました。

当時の戦況、当時の士気をいうのはそのようなものであった。

攻撃隊が、結成された翌日
戦闘機の整備をしていた祖父に特別攻撃隊の友人が話した言葉です。

「もう戦争は続けるべきではない。
しかし
敵を追い落とすことができれば
7分3分の講和ができるだろう。

アメリカを本土に迎えた場合、恐ろしい国である。

歴史に見るインディアンやハワイ民族のように、
闘魂のある者は、次々撃破され、
日本民族再興の機会は永遠に失われてしまうだろう

このために、特攻を行っても、
フィリピンを最後の戦場にしなければならない。

しかしこれは九分九厘成功の見込みは無い。

ではなぜ、見込みがないのにこのような強行をするのか

ここに信じてよいことがある。

いかなる形の講和になろうとも、
日本民族が、
将に滅びんとする時に
当たって身をもってこれを防いだ若者達がいたという歴史が残る限り、
五百年後、
千年後の世に
必ずや日本民族は再興するだろう」

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3年前、
一枚の写真を見た。

24515671_861253090_55large.jpg







兄ちゃん達は、
笑っていた。






兄ちゃん達の胸の内を
こうだ!と断定することは不可能で
こうだ!と断定することは
とても浅はかで失礼な行為だとも思う。




確かな事があるとするならば
あの時代
日本を繋げようとした日本人が確かにいて
今、確かにここに日本が繋がり存在しているということだ。






良い!悪い!
正義!悪!
その時代を生きたわけでもないのに
「評価」をしたがる人はいつの世にもいるだろう。




確かな事があるとするならば
あの時代
日本を繋げようとした日本人が確かにいて
今、確かにここに日本が繋がり存在しているということだ。








イッテマイリマス
ノチノ ニホンニ  エイコウアレ


大空に雲は行き、雲は流れり すべての人よさらば
後は頼む   
いって参ります



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ddfsdfsd

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次を託されたのは、私たちだ。


それぞれの
時を生きた日本人が
繋げたからこそ
今がある
繋ぎ繋いで
今がある
繋ぎ繋いで
後ろへ繋がる。


今、
私たちは何をしているだろう?


託された日本を守ろうとしているだろうか?
託された日本を同じように次に繋げようとしているだろうか?

今、
日本では何が起きているだろうか?
その上で、
今、
私たちは何をしているだろう?





次は私たちだ。








3年前、
一枚の写真を見た。

託して散った日本人の顔を見た。




当たり前のように暮らすここ日本は
そんな日本人が
命をかけて守り
汗水流して繋げた国だ。


その上で
しらをきり
胡坐をかき
上の空を続け
めちゃくちゃを論じ
そして
壊すのならば

私はそれを許さない。






当たり前のように暮らすここ日本は
日本人が
命をかけて守り
汗水流して繋げた国だ。




私含む日本人へ



どうか



恥を知れ






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